ドラえもんの秘密(笑)

なんか、タイトルに気を使ってたワリに大丈夫そうなんで、そのままいきます。


そうして、しずちゃんと「のび太」は結ばれました。(『しずちゃんの秘密』より)
45年後の「のび太」は今も変わらずに妻への愛を捧げているようです。


ムリもありません。
『ムシスカン』の章で、のび太は先生に叱られたのを苦にして「しずちゃんとの別れ」を決意します。
しずちゃんのことを嫌いになったのではなく

「好き!好き!大好き!あの子がいるから僕は生きていけるんだ!」

とまで言うのです。(このいじらしさは何度読んでも泣ける…)
しかし、こんな自分と一緒になってはしずちゃんは幸せになれないから、今から別れるというのです。


バカバカしいと思いながらも「相手に不愉快な思いをさせる薬」を出します。(オイオイ)

話は逸れますが、こういうところが「ドラえもん」ってスゴイと思います。
言われたからって、最愛の人に嫌われる薬なんか出さないよねー?
いや、もっと分かり易い例えをすると、のび太の宿題で「間に合わないから他の人のを写したい」と
のび太が言い出します。(ダメに決まってるじゃん!!)
「仕方ないなあ…。次からは自分でやるんだよ」
って、オイ!

ダメロボットじゃなかったら、絶対にそんなことさせないでしょう。
しかし、こんな善悪を判断するロボットは、小学生と一緒に悩んで解決しないロボット程
複雑な知能回路はいらないのです。
ちょっと昔の言葉で言うと「ファジー」?

このドラえもんがいかに複雑なプログラムで造られているのか大人になって分かりました。
きっと昔は善悪に厳格なロボットがたくさん造られたんでしょうね。
その果てに子供たちが自分で善悪の判断がつけられなくなって、何もかも押し付けてはいけないってなったのでしょう。

そうドラえもんは「ダメ子守ロボット」ではなくて「ダメ人間風友だちロボット」なのです。
子供たちが自分で善悪の判断が付けられるように、ドラえもんはカンタンな答えも示さないのです。
それは、先回りして何でも解決する妹ロボットより、全然複雑な作業なんです。


話は戻りまして、
その「ともだち」としてプログラミングされているドラえもんさえ逃げ出す程の、実の母親さえ逃げ出す程の薬の効果さえ、運命の相手しずちゃんには効かなかったのでした。
毒を飲んだと勘違いしたしずちゃんは、強烈な不愉快光線をものともせず、のび太救出へ向かいます。
(実際に薬の飲み過ぎで気持ち悪くなったのび太を救う)めでたしめでたし。


ところで、しずちゃんのシャワーシーンについて。
連載当初、ペッタンコだったしずちゃんの胸が大きくなっているのは、実際の小学生女子の発育が変わったからに決まっています。
(この40年で初潮年齢がどれだけ下がったと思ってんだ…)

だから『ドラえもん』はヒロインの自由へのモニュメントだと思うのです。

そうやって、現実に応えてきた故先生なら今のしずちゃんは共働きにしてくれるんでしょうね。
「格差婚」ってヤツですかね。