『源氏物語、<あこがれ>の輝き』④

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この本の中で「宇治十帖」はまず『日本書紀』からの宇治という土地の説明から入ります。
仁徳天皇の即位に至る傷ましい逸話です。

その神聖な宇治に住む、悲運の親王を父に持つ大君と中君…。
東宮であった兄宮の対抗馬に立てられたゆえに不遇に陥った彼女たちの父・八宮と、兄に皇位を譲って死んだ弟皇子を紫式部は擬えたのでしょうか?

私はむしろ、むすめの大君の頑なさこそ、菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)を思わせます。
彼女は皇位の代わりに理想の夫である(と大君は判断した)薫を中君に譲る為に自死したのですから…。

しかし、大君は薫を譲ると同時に自分の形代(かたしろ)として中君を差し出したのでした。
姉亡き後、匂宮に引き取られた中君は、大君の面影を求めていた薫に言い寄られ、その形代として異母妹を紹介します。

最後のヒロインの名は浮舟。
八宮を父としながら、母が「中将」と呼ばれた女房だった為に漂白するヒロインとして登場します。

浮舟のその名も、彼女の形成が自分の身代わりとして流したひな祭りの流し雛に由来しているからです。
彼女こそが、桐壺更衣の形代として存在した藤壺と(桐壺帝はこの母子に光源氏母子に果たせなかった
望みを託す)、その藤壺の形代として源氏に愛された紫の上といった代々のヒロインの集大成だと言えます。

流し雛から構想された彼女が川に身を投げようとするのも当然でしょう。
中世文学にも通じる奥行きを持った源氏物語がそういう構想を基に作られたというのも大変興味深いです。


あとがきは日本語で書かれたくらいですから日本の論文に対する造詣も深く、読み応えがあります。
一度のこれだけの論評に触れることの出来る日本の本はないでしょう。
20年も前に書かれた本なのに、この間目新しい発見や論文がまるでなかったんだな、とは思いますが…。

何より現代語訳が秀逸で、私の普段読む本は原文しか掲載していないので、原文と訳文の併記はとても読み易く感じます。

私はこの本のあとがきで『高貴なる敗北』の訳者である斎藤和明氏が昨年亡くなられたことや、三谷邦明氏も一昨年亡くなられたことを始めて知った次第です…。